闘病ブログ

急性自律性感覚性ニューロパチーに罹ってからの生活です。

【闘病】急性自律性感覚性ニューロパチー

 

 

こんにちは。

R&BHiphop好きなNarumiです。

 

これから闘病生活について綴っていきたいと思います。

⭐︎もし、似たような症状を持っている方やハンデを抱えている方などがいらっしゃいましたら、どのようなライフスタイルを送っているのか、ぜひお教えいただきたいです。

 

 ⬇︎現在のNarumiについては過去記事をご覧ください。⬇︎

narumi95.hateblo.jp

 

 

 

 さて、前回の記事では病気が発症して大学病院への推薦状をもらうまでの過程を綴っておりましたが、ここで少し、私の家族について触れたいと思います。

 

2016年当時、私は通っていた大学のある大分県に住んでいて、私の家族は山形県に住んでいました。

私の体調に異変があることを知った父は、約1500kmある道のりを二日間ほどかけてわざわざ車で来てくれました(熊本地震の影響から、陸路を使用したようです)。父が営む菓子製造業がある中で、2週間など長い期間を父と母で交代交代となって大分に滞在してくれました。

父と母だけでなく、父と母を送り出してくださった社員の皆様にも迷惑をかけてしまっていることになるので、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、両親が隣にいてくれることをとてもとても有り難く思いました。

 

 

 

こうして振り返ると、今生きていることのありがたさを再認識させられます。

 

前述にある通り、父が大分まで車で来てくれましたので、一緒に病院に向かいました。

朝一番の予約に間に合うよう朝7時には家を出発し、病院内にあるスターバックスで朝食をとったことを覚えています。私はよく食べる子だったのですが(今も、よく食べています)、食欲がない、食べるのが辛いと思ったことはほとんどありませんでした。父は良く食べる私を知っているので、キッシュ一切れが食べられない私を見ていたあの父の表情は、今も心に痛く残っています。

私自身、こんな姿を見せて、父の心配を大きくさせたかもな、やっぱり自分はこれすら食べられない身体になっちゃったんだな、と冷静に現実に触れ、怖くなったことを覚えています。何より、父に辛い思いをさせて本当に悲しく思いました。

 

 

 

原因が何かわかれば、この症状はすぐに治ると思っていたので、先生に診ていただくことをとても期待していました。 

しかし、初診を受けてから病名が判明するまで1週間の検査を要し、また病気に対し効果があると断言できる治療法が存在していないことを知ります(これが効くかもしれないが、治療してみないと分からないという状況)。

 

次回、初診内容から病名が判明するまでの検査内容について触れていきたいと思います。

 

それでは、Narumiでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【闘病】急性自律性感覚性ニューロパチー

風邪?脳震盪?右半身が痛くて眠れない…!

こんにちは。

R&BHiphop好きなNarumiです。

 

これから闘病生活について綴っていきたいと思います。

もし、似たような症状を持っている方やハンデを抱えている方などがいらっしゃいましたら、どのようなライフスタイルを送っているのか、ぜひお教えいただきたいです。

 

 ⬇︎現在のNarumiについては過去記事をご覧ください。⬇︎
narumi95.hateblo.jp

 

2016年4月、花見の季節に発症しました。

その頃は春休みも終わりに近づき、学校が始まるまでの期間バイトをして過ごしていました。少し喉に違和感を感じ、空咳をしていたことを覚えています。私は喉風邪をよくひくタイプだったので、市販の喉薬を飲む程度で内科にはかかりませんでした。

 

そんなある夜、激痛で目が覚めます。右半身ビリビリとした痛みが走り、痺れ、腰も相当痛い。この時救急車を呼べば良かったのかも分かりませんが、当時の私は一旦様子をみることにしました。確か、1〜2時間くらいでその症状はなくなり、再び眠りにつけたと思います。

 

ですが、夜が開けて異変に気がつきます。

何かをしようと立ち上がれば、目の前が真っ白になり、呼吸が乱れるのです。上体を起こして座っていることも出来ず、ただベットに横になっていることしかできませんでした。

また、メガネやコンタクトをつけると老眼になりました。おじいちゃんのように、腕を少しのばさないとピントが合わなくなったのです。

 

夜中にあった右半身の痛み・痺れから病気について調べてみると、「脳震盪」というキーワードが出てきて、すごく怖くなりました。日曜日でしたが、急患として病院を訪れ、MRIを撮るも異常なし。また平日に来てとのことだったので、その日はそのまま帰宅しました。

 

とりあえず脳に異常は無さそうだということが分かり安心したものの、症状は悪化していきました。噛む力が弱くなり、ご飯が食べられなくなったので、もっぱら具のないゼリーを食べていました。また唾液が一日中止まらない日があり、タオルをくわえて寝ました。唾液が止まらないかと思うと、次の日からは唾液の量が減り、流動食以外はパサパサして食べられませんでした。また手足の感覚が鈍くなり、震えていました。

 

また病院に行って診てもらうと、内科から心療内科へと回され、「ストレスです」と診断を受けます。ストレスだけでこんなにたくさんの症状が出るのか?強く疑問に思いました。確かに大きく見れば間違ってはいないだろう、とは思いましたが、先生に言い返すような力を持っているはずがなく、その日は諦めて帰宅しました。

 

そんな時、熊本で地震が起こります。私は当時大分県別府市に住んでいたのですが、別府でも震度6地震が起きていて、同じアパートに住んでいた人に助けてもらいながら、避難所に避難します。

 

地震から避難をしていたこともあり、神経科のクリニックにかかる時間が遅くなってしまいましたが、そこでようやく目の異常や血圧の異常が認められます。大学病院への推薦状(?)を書いてもらい、1週間後に診てもらえることになるのです。

 

ここまでが、発症してから適切な病院に行くまでの道のりです。

症状がたくさん出てしんどい時に地震が発生してしまうなど、様々なことが起こりましたが、発症パートはここまでといたします。

 

次回は、大学病院に行って行われた検査内容について綴ろうと思います。

 

それでは、Narumiでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【闘病】急性自律性感覚性ニューロパチー

後遺症とともに生活を送る。

 

2016年の4月、『急性自律性感覚性ニューロパチー』という病気に罹りました。

 

その頃私は大学3年生で、今年こそ良い成績とるぞ!インターンも、頑張るぞ!と意気込んでいました(それまでは勉強があまり芳しくなかった)。

 

 

 

発症してしまってからは、ベッドに横になりながら毎日先生に「今日はお休みさせてください」というメールを送っていました。

 

 

 

この病気は自己免疫疾患と言われ、私の場合、喉風邪を引いてしまった際に免疫が間違えて神経を攻撃してしまったことから発病したようです。

 

その時から比べるとびっくりするくらい回復したな〜

と思います。もう生活にはほとんど影響はないのですが、いまだに起立性低血圧には悩まされています。

例えば、

朝起きてすぐに立ち上がると目の前が真っ白になる、ご飯を食べると目の前が真っ白になる、

階段を登ると心臓に痛みを感じる…

 

などなど。

※ちなみにですが、現在の症状と自律神経失調症の症状を見比べると結構当てはまると感じています。

この症状のしんどさから感情的になってしまい、何ヶ月に一度かダークサイドに落ちてしまうこともありますが、今まで4年間ずっと私の隣にいる症状たちです。

 

上記のような症状がありつつも、医療機器メーカーに就職をし、現在無事社会人2年目を迎えられています(私的には一年も続けられた!という気持ちです)。

 

立ちくらみを強く感じてしまう日には休んでしまうこともあり、働くことが大変に思うこともあります。ですが、そんな私でも社会人として育ててくださり、理解してくださる環境にあるので、とても良い会社、良い方々に恵まれているなと思っています。

 

しかし、ここのところ体調が優れず、今週の火曜から金曜までお休みをいただいてしまいました。

このままの働き方が自分にとって本当に良い方法なのか、ととても悩んでいます。

リモートワークも可能になり、環境はかなり良くなりましたが、そもそもリモートワークしづらい仕事だと思います(たくさんの書類が必要なので、何か持ち帰り損ねるとミスになってしまうため)。

もっと違う方法でお仕事を得る方法はたくさんあるように思うのですが、周りには就職をしている人が大半なので方法を知りません。

もし、私のような症状がありつつもお仕事をしている方に、どうやって症状がありながら仕事をしていけるのか聞きたいのです。

 

私のような症状は軽いと思います。もっと大変なハンデを抱えて生きている方はたくさんいらっしゃることを知っています。そのようなハンデを抱えても生きている方々は本当に素晴らしいと思います。私もそのような方々になりたいと思っています。

 

拙い文章ですが、今回はこちらで終わりとし、次回より闘病生活について綴っていきたいと思います。

 

これからどうぞよろしくお願いします。

それでは、Narumiでした。